/偽義経/ヴィジュアル撮影 レポート 粟根まこと篇

今回の『偽義経冥界歌』では、誰もが知る歴史上の人物<源頼朝(みなもとのよりとも)>を演じることになった粟根まことさん。今回のヴィジュアル撮影では本格的な鎧を着込むことになり、出演者の誰よりも着付けに時間をかけて準備します。着付け中の控室を覗いてみると、いつものスタッフ陣に鎧担当のスタッフも加わり、ひとつひとつ、パーツを装着していっています。

「へえー、昔の人はこれで戦うの?」「装飾美がすごいね!」「なんかちょっとガンダムみたい……」などと、口々に感心しながら着付けを見学するスタッフたち。よく見ると左右でデザインが違うパーツがあるのですが、それは「馬に乗っているから、左手が伸ばしやすいように違うデザインなんですよ」と教えられ、「ホント、よく考えられているよね!」と、粟根さんも着付けされながら興味深く耳を傾けています。紐も、一見すると蝶々結びのようにも見えますがちょっと違う特殊な結び方で、ピッと引っ張るだけですぐに取れるような工夫がされているのだとか。

烏帽子をかぶってフロアに出てきた粟根さんの姿にも「また、こういういでたちも似合う!」「お仕え申したいねえ」「戦う衣裳だね、素敵!」と絶賛の嵐。すると、衣裳スタッフが背後のひもの特殊な結び方を熱心に写真で記録したりもしていたため、「なんだか今日は被写体というより、鎧のモデルになった気分ですね……」と呟く粟根さん。

しかし、これだけしっかりと本格的に着込んだというのに、実を言うと足元はスリッパ! これには「なんて無防備な!」と、周囲はみな大笑い。

クラシックな眼鏡を装着したバージョンと、しないバージョンを両方撮影することになり、まずは“ナシ”からということで眼鏡をはずすと、「取った途端にカッコイイ!」「いかにも公家っぽい」とのコメントに加え「でも瞳が見えた途端にやっぱり殺し屋に見える!」とのお馴染みの意見には、ニヤリと笑う粟根さん。キリっと表情を引き締め、撮影が始まるとその凛々しさに「このまま大河ドラマに出られそうだねえ」との声も聞こえてきます。

カメラマンの渞( さんずいに首=みなもと )忠之さんの指示で、身体の向きを変えたり、右手を挙げたり、口元をギュッと結んだり。さらにアートディレクターの東學さんからは「もっとぐわーっと睨んで」「次は無表情で」「めっちゃ怖い顔して。もう充分怖いけど!」などなど、細かい表情のリクエストが飛んでいます。

後半は眼鏡“アリ”のバージョン。眼鏡を装着すると早速、「粟根さん、キター!」と拍手が。眼鏡の位置を調整すると、再びシャッター音に合わせて無表情からニヤッと笑ったり、眉間に皺を寄せたり、やがて怖い顔へと、徐々に表情を変化させていきます。すると、このタイミングでスタッフがあることに気づきました。「源頼朝を、みなもと(さんずいに首)さんが撮ってる……!」「ホントだ!!」と、ここでまたしてもひとしきり盛り上がるスタジオ内。この日の撮影も順調そのもの、なのでした。

撮影終了後、粟根さんにも源頼朝を演じることや、作品への想いなどを語っていただきました。

――まずは本日の撮影の感想から、お聞かせいただけますか。

今回着させていただいたのは撮影用の鎧で、ほぼフル装備です。これが舞台用のものではないので、大変重い。重くて分厚いし、こしらえがすごく豪華で、本物を着た感があってなんだかすごくありがたかったです。戦国時代の人って、大変ですね。あんなの、ひとりでは到底着られませんから。

――あんなにいろいろ細かくパーツが。

分かれているとはね。あれも、長年かけて編み出された効率的なものなんでしょう。その上、美しさも備えているんですから素晴らしい。今回は偉い人の役なので、チラシではこうして立派な鎧も着込んで偉い人風に写りますけれども、本作の頼朝は一切戦いませんからね。おそらく本番では、すごく情けない頼朝になっていることでしょう(笑)。

――今回、頼朝役をと聞いた時は、どう思われましたか。

まさか、自分が源氏の棟梁を演じることがあるとは思いもしませんでしたから。だいたい、派閥の長というものをやったことがなかったですし。

――トップの右腕とかは、やったことがあっても。

そう、部下ならやったことはあるけど、トップはやったことがないので。しかも別に誰かに操られているというわけでもなく、ちゃんとした長ですからね。今回は奥華一族と、鎌倉方というか源頼朝方と、平家はほとんど出てきませんから、京都の公家チーム、この三つ巴の戦いで、その中のひとつの一応リーダーです。ま、たいしたことはしませんけどね。

――頼朝なのに(笑)。

色恋沙汰ばかりという(笑)。もともと頼朝ってあまり、戦の前線で戦う人ではなく、政治家的な人なんだと思います。いろんな外交手腕を使って、鎌倉幕府を作り上げたので。

――自ら刀を振り回したりはしない。

戦うのは、義経ら弟たちにまかせていたようです。

――今回は、史実入り混じった物語になっていますね。

しかも結末としては、ほとんどが史実通り。もちろんフィクショナルな展開はありますけれども、歴史の流れとしては史実と同じになっているところは、いかにも中島さんらしいこだわりですよね。そして、勢力が二転三転して最終的には、絶対にここでは誰とは書けない悪役が出てきて、それにどう義経が立ち向かうのか……!?というところが見ものなんじゃないかなと思います。

――そして主役を演じるのが、生田斗真さんです。

まさに今回の見どころは中島かずきの、いのうえ歌舞伎としては『蒼の乱』(2014年)以来の完全新作だということと、いのうえ歌舞伎の新作で主演を張るのは初めての生田斗真くん。この顔合わせから、何が生まれるか?というところなんじゃないかと。斗真くんが新感線に出た最初の作品は『スサノオ~神の剣の物語』(2002年)だったので、これも一応いのうえ歌舞伎ではあるけど主役ではなかったし。あと『Cat in the Red Boots』(2006年)は戸田山雅司さんの脚本でしたし、『Vamp Bamboo Burn~ヴァン!バン!バーン!~』(2016年)は宮藤官九郎さんの脚本だったので。そういう意味では斗真くんが憧れていた、いのうえ歌舞伎のセンターを初めてがっつり張れるわけなんですけど、役柄としてはやっぱり今回も結局“おバカさん”キャラなんですよね(笑)。でも政治的駆け引きがあったり、呪術的な力を持つ人たちと張り合ったりできるというのは、やはり偽義経が持っている行動力とポジティブさが苦難を打破する力になるので、まさに斗真くんらしい活躍がこの舞台でも楽しめるのではないかと思います。

――斗真さんでないと演じられないキャラですよね。

そうです、ひたすらまっすぐな感じの……強いバカ。とにかくピュアなんですよ。そのピュアさが強さにつながるというところが、きっとラストでぐうっと盛り上がるはずです。ああやって勝つのか!と納得するシーンになることでしょう。あともうひとつ、僕が個人的な見どころ、聴きどころだと思っているのが藤原さくらさんの歌声。初舞台ということですが、歌姫のような役ですからね。その歌声はもちろん、楽器も物語の重要なキーポイントになりますので、ギタリストとしての藤原さんのファンの方も楽しめるし、シンガーソングライターだと思っていた一般のお客さんもきっと「へえ、こういう人なんだ!」と驚いていただけるのではないでしょうか。歌の力のすごさは、この間までやっていた『メタルマクベス』でも思い知らされましたが、今回はそれが再び顕著に表れるのではないかと思いますね。その『メタルマクベス』disc1ではチラシの一番上に名前が載っていた橋本さとしくんが、今回は一番下、トメの位置におりまして。『メタルマクベス』ではランダムスターとマクベスという激しく苦悩する難しい役回りでしたが、今度は斗真くん演じる偽義経こと玄久郎と、中山優馬くん演じる泰衡という、ふたりの息子の実の父。実際にお父さんでもある橋本さとしがこの役をどう演じるのか、前回とはまた別の重さを堪能させてくれるのではないかと思います。さらに、いまや売れっ子の山内圭哉くんは、いのうえさんの信頼も厚い俳優さんで。今回は、橋本じゅんさんと三宅弘城さんがダブルキャストで演じる弁慶役とコンビを組む役なので、もしかしたらいろいろと割を食うのかもしれない、振り回される役まわりになるかもしれないですが(笑)。でも彼は本当にうまいので、びしっと決めてくれるはずです。それから、りょうさんですね。『髑髏城の七人』Season花の時、私はご一緒できませんでしたので、個人的にも今回共演できることがすごく楽しみです。そして『蒼の乱』以来の早乙女友貴くん。あの時はまだ17歳の初々しかった男の子が、いまや結婚し、夫となっていて。さらにぐっと成長した友貴くんとご一緒できるとは、本当に楽しみです。それに加えて、ほとんど裏キャラクターのようになっておりますが、新谷真弓さんが久しぶりに新感線に出ます。これも、マニアにはたまらないんじゃないかと思うので、ぜひ東京の新谷ファンは大阪公演か、金沢公演、松本公演を観に来てください。あと、そうそう、今回は奥州“藤原”の話に“藤原”さくらさんが出るということと、今日“源”頼朝の写真をカメラマンの“ミナモト”さんに撮っていただき、この東国武士たちの話のチラシを“東”という苗字の男がデザインするという、ね。ま、學さんは大阪の男ですけど(笑)。こうしていろいろな偶然がスタッフにも絡んできているという、大変おもしろいことになっております。

――良くできています(笑)。

まあ、日本人は判官贔屓ですので、もともと義経人気はとても高く、どうしても頼朝や梶原景時は悪者にされてしまいがちで。しかも今回は一切自分は戦わない軟弱な頼朝を守ってくれるのは、川原正嗣さん演じる強い景時ですので、アクションは景時にまかせます(笑)。とりあえず源平の時代と言っても、平家の話はほとんど出てきませんから源平と、奥州藤原三代のごく基本的なことについて、中学や高校で習う程度のことだけでもちょっと調べておいていただけると、物語がさらに楽しめるんじゃないかと思いますよ。

TEXT:田中里津子 撮影:田中亜紀

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