/けむり/ヴィジュアル撮影 レポート 粟根まこと篇

2019年上半期の劇団☆新感線春公演『偽義経冥界歌』では源頼朝を演じていた粟根まことさんですが、下半期の夏秋公演『けむりの軍団』ではガラッと雰囲気が変わりお寺の住職、残照役を演じます。粟根さんが短髪スタイルなのは珍しいため「すごく新鮮!」「新たな魅力!!」などなど、スタッフたちも撮影が始まる前からなんだかざわついています。

まずはテスト撮影。用意された草履と下駄、両方を試してみて下駄を採用。小道具としては錫杖、そして数珠を持つことに。この数珠、意外に長さがあるので、首にかけたり手に持ったりといろいろなバリエーションで使えそうです。メガネは粟根さん自身がいくつか持参した中から、アートディレクターの河野真一さんが色ツヤがないマットな黒の丸メガネをセレクト。ちなみに、この着物の上に着けているのは“小五条袈裟(こごじょうげさ)”と呼ばれる法衣です。

メインビジュアルの撮影がスタートすると早速、粟根さんは木箱の上に胡坐をかいて座り、合掌ポーズ。その両袖に縫い付けたテグスをスタッフが引っ張ることで、袖がふわっと広がります。河野さんからその袖の広がり具合を「左右対称にしたい」と注文が入り、より正確に持ち上がるようにと、衣裳スタッフはテグスを縫い付ける位置も左右均等になるように袖口からきっちりメジャーで計測。カメラマンの相澤心也さんから「シャッタースピードを遅くするので、粟根さんはじっとしててくださいね」と言われると、見事なほどにピタッと動かない粟根さん。

また「もっとワルに見せたい。人相を悪めにしたい」と河野さんに言われたヘアメイク担当の宮内宏明さんは、粟根さんのメガネをはずし、目の下の涙袋のところにうっすらとラインを入れています。相澤さんが「3、2、1、ハイ!」と号令をかけると、両脇のスタッフがタイミングを合わせて袖を引っ張り、粟根さんもタイミングを合わせて、カッ!と目を見開いたり、大きく口を開けたり、歯を食いしばったり。「眼光鋭い!」「それはもともとだね」「悪い顔だ!」「決して、いい人ではないよね」「落語家にも見える」「今にも怪談噺を始めそう!」などなど、モニター前のスタッフもワイワイと感想を言い合い、いつも以上に楽しそうな様子。

続いて、錫杖(しゃくじょう)を手にした立ち姿のカットを撮るためにスタッフたちが準備をしていると、スタンバイしたままの粟根さんは杖をくるくる回したと思うといきなり、突き!のポーズをしたり、さらにはダイナミックに大きくぐるんぐるん回したり。その動きをスッと自然に止めた時、河野さんが「あっ、そこ!」と叫んで、それを機に撮影再開。相澤さんが「僕のほうに向けて、シャラン!と輪っかを鳴らしてみてください」と言うと、粟根さんは錫杖の先の遊輪(ゆうかん)をレンズの近くギリギリまで寄せて振ってみせます。すると「ハハハ、よかったよ、面白いのが撮れた」と、河野さんも満足げ。

明るいBGMに合わせて足でリズムを刻んだり、首を前後に動かしたりしている姿を見ていると、ちょっとファンキーな破戒僧にも見えてきます。ブロワーで風を当てながらの撮影が始まると、今度は「モーゼみたいだな!」「奇跡が起こりそう!!」とモニター前はさらに賑やかに盛り上がっていくのでした。

実は、このヴィジュアル撮影は『偽義経冥界歌』の休演日に決行されていたのでした。撮影の合間を縫って、粟根さんにも『けむりの軍団』への想いを語っていただきました。

――今回の夏秋公演は倉持裕さん脚本で、と聞いた時、最初はどう思われましたか。

39興行は、二本とも時代劇をもってくるのかーと、まず思いました。春公演は『偽義経冥界歌』という歌舞伎風のタイトルで、中島かずきさんの久しぶりの新作で。こちらは『けむりの軍団』という謎めいたタイトルで、お客様はどういう話なのか想像しにくいかと思いますが、戦国末期の、まだ国同士が戦って領地の取り合いをしているような時代の話です。そこに第三勢力として一向宗の寺院が出てくるのですが、私はその夭願寺(ようがんじ)という一向宗寺院の住職、残照(ざんしょう)という役をやらせていただきます。時代劇が二本続くとはいえ、まったくテイストが違うので楽しめるんじゃないかなと思います。

――だいぶ雰囲気が違いますものね。

『偽義経』は中島イズム満載のお話ですが、倉持さんの脚本は今回はかなりクロサワ映画を彷彿とさせる戯曲になっておりまして。日本人ならみんなが好きなタイプの話ですね。勧善懲悪というわけではないんですけれども、その戦国末期の国の争いに巻き込まれていく浪人たちや一般人、そして一向宗の僧たち、そういう人たちが足掻いているようなお話です。仕掛けも、たくさんあります。そもそも“けむりの軍団”とはなんなのか、そのへんもお楽しみにしていただきたいです。

――粟根さんの短髪スタイル、とても新鮮です(笑)。

初めてですね、こんなベリーショート。いや、坊主頭? 坊主刈り?(笑)こういう役をやったこともなかったですし、プライベートでもここまで短くしたことはないし。髪を洗うのはラクそうですけどね。まあ、今日はチラシ用の撮影でこういうスタイルですが、実は今『偽義経』の本番中でございまして、自分の髭でやっているという事情もあって。この髭に合わせるために、おそらく今日はこういう坊主刈りになっているんじゃないかな。きっと本番の時には髭もなく、髪もつるっとしているんじゃないかなという気がします、まだわかりませんが。夏、本番までのお楽しみにしておいてください。

――倉持さんと新感線の組み合わせという意味では『乱鶯』以来、二度目ですね。

新感線には中島のほかにも宮藤官九郎さんや青木豪さんにも書いていただいていて、宮藤さんはいのうえ歌舞伎・壊<Punk>と称して『蜉蝣峠』はちょっとアバンギャルドな方向性でした。青木豪さんはいのうえ歌舞伎☆號という冠で、『IZO』は比較的オーソドックスな時代劇という感触でしたね。倉持さんの場合はまたそれとも一味違う、いわゆる時代映画風なテイストが強いんじゃないかなと思っています。『乱鶯』の時は江戸時代の話で池波正太郎さんとか藤沢周平さんの世界観だったと思うんですけれども、今回は明らかに黒澤明テイストで書いてくださっている、けむりの軍団という謎の軍団をめぐるお話です。話は二転三転しますし、クロサワ映画のようなと言いながら、私は読みながらなんとなく、アメリカのロードムービーのような印象も持ちました。古田新太くんと池田成志さん演じるお二人が、いがみあいながら協力しあいながら旅をしていくような話ですのでね。ちょっと、西部劇風な香りも実はあるんです。クロサワ映画×ロードムービー。あと個人的にはロバート・デ・ニーロの『ミッドナイト・ラン』も連想しました、犯罪者を護送する賞金稼ぎの話にちょっと似ているところもあるな、と。さらには『走れメロス』的に仲間を助けるために男が戻ってくるという話でもあり。いろいろな要素がごっちゃになった、そしてそのすべてがクロサワ風にまとめられているわけで、楽しくないわけがないわけですよ。いろいろなキャラクターが出てきますからね。共演陣についての話も、この流れで言っちゃっていいですか?

――はい、どうぞ(笑)。

清野菜名さんがお姫様、それを助ける須賀健太くんが家臣。この二人が逃げなきゃいけなくなって、それを古田くんたちが護衛するようなことになるんですが。このへんは、まさに『隠し砦の三悪人』ですよね。そして元軍配士の浪人である古田くんが、いろいろな奇策を練るんですけれども。そこにけむりの軍団という、あるのかないのかわからない謎の集団が出て来て、対立する二つの国と第三勢力の一向宗、さらにヤクザたち。彼らを翻弄するあたりは『用心棒』の雰囲気もあります。それがもちろん倉持裕風に書き直されていて、それをいのうえさんがどう演出するのか、ちょっと楽しみですよね。この2年間はIHIステージアラウンド東京という客席が回る特殊な劇場で、キャストもスタッフもそしていのうえひでのりという演出家も鍛えられてきました。その後『偽義経』で久しぶりに額縁芝居の劇場で舞台をやり、それに続く2作目ですから。そのIHIステージアラウンド東京では8作品9シーズンやりましたけれども、今回のゲスト陣は早乙女太一くん、清野菜名さん、須賀健太君、そして池田成志さん、この4人ともがステージアラウンド経験者なんです。なんだか戦友みたいなものなんですよ、いのうえにとっても、われわれにとっても。ですから、そのステージアラウンドで得た財産を、さらに芽吹かせる感じの作品になるんじゃないかなと思っています。

――そして今回は、古田さんが劇団に入って35周年だそうなので、粟根さんからメッセージをいただけますか。

ほう、35周年なんですか。年齢は彼のほうがひとつ年下ですが、劇団☆新感線に入ったのは彼が1年先輩なんですよね。だから34~35年、私も同じ劇団でやらせていただいております。いつも頼りにしていますが……最近は顔色がね、赤黒いんですよ。そろそろちょっとお酒を控えたほうがいいんじゃないかと思いますよ。35周年から、40年、45年、50年と役者を続けてほしいので、健康も考えてください。お大事にね!

――ということは、粟根さんも。

34周年ということですかね(笑)。もうみんな50歳を越えて、老体に鞭を打ちつつアクション活劇をやっていますが、楽屋ではしょっちゅう健康の話が出ます。まあ、お互い身体をいたわりながら、出来る限り長くバカなことをやっていければなと思っております。

――加えて、今回は39興行なので、粟根さんの“サンキュー”を教えてください。

やはりスタッフの方々にサンキューを言いたいなと。もちろん他にもサンキューを言いたい人はたくさんいて、お客さんもそうですし、劇団員や主宰のいのうえひでのりにも。でもやはり、目立たないのでみなさんはお気づきでない方もいるかもしれませんが、新感線のスタッフは大変優秀なんです。キャストはみな、とても助けられております。

――では、公式サイト用にお誘いメッセージを。

今回はちょっと映画のようなアプローチもありながら、いつものようなチャンバラもあり、敵味方が入り乱れるお話です。決して堅苦しいことはなく楽しい作品になっていますので、ぜひ肩の力を抜いて劇場にお越しくださいませ。お待ちしています。

TEXT:田中里津子 撮影:田中亜紀

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